仏教/「お盆」は先祖供養をする日?本来の「お盆」の意味がよく分かる!

      2018/08/14

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7月になり、「今年も半分が過ぎましたね~」と挨拶代わりに、言葉が交わされる時期になりましたね。京都の寺院出身の私は、毎年、お盆の時期には、帰省しているので、7月に入ると、お盆の長期休暇をどうやってとるかを考える時期になったなあ、と思います。

ところで、「お盆」というと、どんな仏教行事だと思われていますか?寺に生まれながら、お盆の本来の意味を知らずにいましたので、まして普段、仏教と縁もゆかりもない方は、ご存知ないと思いますので、少し「お盆」について書いてみたいと思います。

お盆には、亡くなったご先祖様が、年に一度、わが家に帰ってくるので、「迎え盆」をして、送り出すときには、「送り盆」をする風習がある地域もありますね。各地域で、お盆の過ごし方に特徴はありますが、「ご先祖様を供養する」ことでは、共通しているようです。普段、墓参りをしていなくても、お盆の時期には、欠かさず墓参りをする人もいます。これも、墓参りすることが、ご先祖様の供養になるという思いがどこかにあるからでしょう。

寺に生まれながら、私もずっと、「仏教は、ご先祖さまの供養を教えている」「お仏壇に、手を合わせるのも、ご先祖様に手を合わせている」と思っていました。ところが、仏教のイロハから学び始めて最初に驚いたのは、「仏教は、亡くなった人の供養を教えたものではなく、生きている私達が幸せになるために、お釈迦様が教えを説かれた」ということでした。

仏教といえば、「寺」「僧侶」「葬式」「法事」ぐらいしか、思い浮かばず、人が亡くなった時に、はじめて仏教が必要になるぐらいしか思っていませんでした。そんな思いを持っている人は、実際、多いと思います。ところが、お釈迦様の2600年ほど前のインドでのご活躍やその教えられたことを知れば知るほど、「仏教は、仏のさとりを開かれたお釈迦様が、生きている私達が、変わらない幸せになる道を教えられたものであり、亡くなった人を供養するために説かれたのではない」ということが分かりました。

お釈迦様が35歳で仏のさとりを開かれるまでをみても、浄飯王とマーヤー夫人のもと一国の王子として生まれられ、才能にも恵まれ、何不自由ない暮らしをされていた中、生老病死の四苦の問題の解決を求められて、(四門出遊が有名ですね)19歳で城を出られてから、勤苦六年といわれる修行のすえ仏のさとりを開かれています。

※仏のさとりを開かれた方を「仏」「仏さま」と仏教でいいますので、亡くなった人(先祖)を「仏」というのは、間違いだと知ったときも驚きましたね。だからお仏壇には、浄土真宗では、「阿弥陀仏」という仏さまをご安置していて、先祖をまつるところがお仏壇ではないんですね※

仏のさとりを開かれて80歳でお亡くなりになるまで、「仏の教え」(仏教)を生きている私達に説いていかれた。そのお釈迦様のご説法を書き記したのが「経典」(お経)ですから、お経は、いわばお釈迦様のご講演の記録です。

※インドで説かれた仏教が、三蔵法師によって中国に伝わり漢文にあらわされたのが、今日、私達が目にするお経ですね。インドのサンスクリット語を中国語に翻訳するには、国家レベルの大事業だったそうですよ。三蔵法師というと、西遊記のモデルになった玄奘三蔵が有名ですが、三蔵法師は、仏教に精通し、サンスクリット語にも堪能な優秀な翻訳者のことで、三蔵法師は、何人もいたんです。これも知らなかった!※

話が少しそれましたが・・・。「長いお経を読めば、死んだ人の供養になる」と思っている年配の方は、少なくないと思いますが、お経をどれだけ読んでも、それが亡くなった人の供養にはならないんですね。あくまで、大切なことは、お経に説かれている「生きている私達が、生老病死の問題を解決して、変わらない幸せになる道」を聞くことなんですね。漢字ばかりで書かれているお経ですが、その内容を分かるように伝えることが僧侶のつとめであるということです。なかなかお盆の由来そのものにたどりつけませんが、お盆の本来の意味を知る上で大事なことなので書いてみました。これから仕事なので、続きは明日以降にしたいと思います。

※続きは、こちら「仏教・お盆について(続き)」

 

 - 一言説法, 仏教

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